何故ファミコンなのか?

ゲーム機器の発達により、ゲーム音楽は今やDVDで提供されるようになったソフトとともに、もはや専用の音楽CDで聞ける音楽と違いはありません。フルオーケストラの演奏をバックに、または有名歌手が歌ったりしている例もあります。

現在、「音楽を聴く」という行為は非常に多様化されて、各人その好みは千差万別です。ハードなロック一辺倒な人もいれば、幼い頃から西洋クラシック音楽に親しんだ人、テレビ・ラジオのメディアを通じて流れる音楽から自分の好みにあったものをチョイスして楽しむ人。ちょっと ひねくれた人は世界各地の伝統音楽を聴いたり、もちろん日本の伝統邦楽を聴いたりたしなむ人も多い事でしょう。

そこで私が注目したのがファミコン音楽です。
ファミコン音楽には実に様々な音楽の要素が使われています。ロック・ジャズ・フージョン・伝統音楽・古典西洋音楽・民俗音楽などなど。
われわれ「ファミっ子」がTVゲーム文化という、新しい時代の波に夢中になっている間にそれらの音楽は自然に体に染みついてしまいました。
もちろんファミっ子たちは、それらの音楽をいちいちジャンル分けしません。
「マッピー」の音楽が良い、という人は多いけれど、「嫌い」と断言する人はいまだお目にかかってません。もしそういう人が存在するならば、それはきっと「マッピー」をプレイしたことがない人でしょう。 町のピアノ教室で西洋クラシック音楽を習っているファミっ子でも「シティコネクションはロックだから嫌い!」と言うことはないのです。「ボコスカウォーズ」を仲間と合唱した経験を持つわれわれは、いくらその音楽が西洋音楽理論の目で見れば破綻していると言われようが、そんなことはどうでもよく、そのタイトルをあるいはそのメロディを聴いただけでニヤッとする条件反射があるのです。
そして、それこそがファミコン音楽の大きな特徴であり、「ファミコン音楽は生きている」ことの証明なのです。
こういったことは音楽が本来持っている機能のひとつだと思います。つまり言葉によらない抽象的な伝達手段、コミュニケーションの手段なのです。


 「ファミコン?」「何それ」「古いっ!」

なぜ20年前に発売されたゲームの音楽なんかやるのか?
もちろん作者が当時の「ファミっ子」であり、一世を風靡したファミコン文化に限りない愛着を持ち、今年(2003年)に20歳を迎えて生産終了という一時代を築いた文化の終焉に対する惜別の想いが原動力になっているのは間違いないのですが、20年前のゲームをあらためてプレイして、そこには時代を超えた普遍的な面があることを感じたのです。

ファミコン音楽の音は基本的に3つ、多くてせいぜい4つです。 これは単にハード的な問題からでた制限だと思いますが、この中で上に挙げたような実に様々なジャンルの音楽が試みられています。もちろんジャンル分けできないような電子音ならではの音楽も数多くあります。 これらを現在聴いた人は、このようにチープで無機質な電子音はとても音楽とは呼べないと思うかも知れませんが、これらはやはり立派な音楽で、音数が少ないからこそ、豪華な音楽に慣れた耳には逆に新鮮に響きます。
そこには古いようで新しい、新しいようで古い、「音楽」といったものの“元”が散りばめられています。




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