さて、サイトをはじめてから一年が経過した。
出来上がった物はファミコン音楽の曲がちょうど10、支離滅裂の文章が11、さらにわけの分からぬ試作品が20とちょっと…。今のところ反応は全くない。
この量が多いか少ないかはよく分からないが、音の録音方法、PCの操作、HTMLの使い方など創作以前の準備段階で思いがけず時間を費やしてしまったとは言える。この一年いろいろ試してみて少しは進歩し作業も効率化されたはずだ。よって今後はまともな録音を増やしていきたい。週に一曲というのは厳しいかもしれないが、せめて月に2、3曲は欲しい。と言いつつもイメージに技術が追いつかないのが現実なので、やはり反復練習を続けていく、という当たり前の結論になりそうだ。
「ファミコンミュージックとは?」を読んでみて、考えはとくに変わっていない。
「もっといいものを」「もっとミスのないように」「こんなはずじゃないのに」と理想の形を追いかけ続け、練習を続けていると一生を費やしても足りない、ということは薄々気がついている。クラシック音楽(西洋古典音楽)を見れば分かる。完成されている練習体系をつまみ食いし、発表の場はなく、そのうち膨大な過去の遺産に眩暈を起こし討ち死…。今まで数多く出会ってきたパターンだ。例え身につけたとしても、それは決して自分自身の表現にはならないと思う。音楽とはそういうものではないと思うし、生活環境と遊離して存在し得ないと思う。言葉のリズム、生活のリズム、社会のリズム、労働のリズム…どれも切り離せない。これからも地に足の付いた音楽をひとつひとつ形にしていきたい。
自分の夢というか野心はもっと別なところにあって、そのためには録音だけじゃなく、実践の場を「現実」に移していく必要を感じる。
気持ちよさそうにショパンを弾いている隣で、無限ループのディグダグを大音量で弾いて嫌がられることも、だんだん慣れてきた。が、スタジオの狭い部屋に閉じこめられ、一人ひたすら録音をするという不自然な行為はだんだん我慢ができなくなってきている。これらの解決策としては、実際に人前でファミコンをプレイすること以外思いつかない。
しかし、そんな場がどこにあるだろうか?ファミコンを堂々とプレイできる場所など存在するのだろうか?
なにやら今年の目標らしきものが見えてきた。今後、さらなるファミコン音楽の発展に微力ながらも加わっていきたい。
いま自分の体は反復練習で身についたファミコンのリズムで溢れている。
今年のキーワードとして次の言葉を挙げたいと思う。
「キャラバン」
2005.3.20 あり